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前橋地方裁判所太田支部 昭和34年(ワ)50号 判決 1961年1月31日

主文

原告の本訴請求はその全部を棄却する。

反訴被告(原告)は反訴原告(被告)に対して別紙物件目録記載、土地のうち第(四)乃至(八)について所有権移転の登記手続をなすこと。

その余の反訴原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は反訴費のうち三分の一を反訴原告、その余と本訴費用の全部を原告(反訴被告)の各負担とする。

事実

原告(反訴被告、以下単に原告と略称する)訴訟代理人は、被告(反訴原告、以下単に被告と略称する)は別紙目録記載土地のうち、(一)につき昭和三十二年五月二日前橋地方法務局大泉出張所受付第一、五六八号(以下この分を(い)の登記と略称する)、(二)の土地につき同年十一月七日同出張所受付第三、二五一号(同(ろ)の登記と略称する)を以つてなされた各所有権取得の登記並びに(三)乃至(九)の土地につき同三十三年十二月五日同出張所受付第二、七一四号同日附契約によりなされた債権額を金二百五十万円、弁済期同三十四年四月五日、利息年一割五分にしてその支払期も弁済期に同じなる抵当権設定登記(同(は)の登記と略称する)及び(四)乃至(八)の土地につき同三十三年十二月五日同出張所受付第二、七二四号同月附契約によりなされた停止条件附代物弁済契約(同日の金銭消費貸借による債務額金二百五十万円を弁済しないときは所有権が移転する趣旨)に基く所有権移転請求権保全の仮登記(同(に)の登記と略称する)の各抹消登記手続をせよ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は別紙物件目録記載(一)乃至(九)の土地の所有権者である。

二、ところが原告は、右土地について次のような登記手続をしていて、登記簿上その権利者となつている。即ち

(い)  (一)の土地については昭和三十二年四月三十日附売買を原因とする前掲(い)の登記を、

(ろ)  (二)の土地については、同年十一月六日附売買を原因とする同(ろ)の登記を、

(は)  (三)乃至(九)の土地については、原告と訴外の債権者長谷川友治郎間になされていた前掲(は)の抵当権設定登記に関して、同三十四年八月六日右出張所受付第一、八六七号同月三日附債権譲渡契約を原因として右抵当権取得の附記登記を、

(に)  なお右のうち(四)乃至(八)の土地につき、同月六日同出張受付第一、八六八号同月三日附譲受契約を原因として、前掲(に)の仮登記に関し譲受の附記登記をしているのである。

三、然しながら、前記(い)(ろ)の登記は左の理由によつて無効である。即ち

先づ(ろ)の登記について見れば、

原告はさきに昭和三十一年二月一日被告より、金百万円也を弁済期同三十二年一月三十日、利息年二割の約束で借り受くるに当り、該債務を担保するため、本件(二)の土地につき第一順位の抵当権設定契約を結び、同日その登記手続用として被告に対し、白紙委任状と印鑑証明書を交付したのである。

ところが被告は税金上の関係から右抵当権設定登記をしないままにしておつたが、他方原告は右抵当権は当時既に登記済と考えていたため、その後において原告が右物件について更に訴外株式会社相良商店の債務のために訴外足利信用金庫に対してその同意の下に第二順位の抵当権設定契約をなした際、被告が前記のように登記手続を了していなかつたため、右金庫の登記が第一順位となつてしまつた。

そして右金庫のための登記のなされた日は同三十一年七月二十四日であつたが、その後間もなくそのことを知つた被告と原告との間には多少の紛争が生じたけれども、結局被告側の登記懈怠のためであつたことと右物件価格が両者の債務を担保するに十分なりとの見込みもあつて一応諒解が成立した。のみならず原告はその頃東京方面において金策に奔走しており、同年秋から暮頃には数百万円の借入が成立する見込があつたので、被告もこれを信用していてくれた状況にあつたのである。従つて被告はその後においても敢えて右物件について登記手続をなさずに来たもののようであつたのに、その後に至り、被告は前記金百万円也の原告の債務について、翌三十二年三月九日原告の印鑑証明書と白紙委任状を乱用して、原告に無断で債権額金百七十五万三千円也の金銭消費貸借契約公正証書を勝手に作成すると共に、同公正証書の執行力ある正本により同年七月二十七日原告の有体動産について差押えをなし、続いて同年八月九日該差押物件を競落した。

そこで原告はやむなく同日、右競落物件を被告より、一ケ月金二千円也の賃料で借り受くることに約したのであつたが、その後間もなく被告は、右賃貸借契約を公正証書にして置きたいからと言つて原告の白紙委任状と印鑑証明書の交付を求めて来たので、原告はその各通を被告に交付したのであつた。然るに同年十一月七日に至り被告は原告に無断で、恐らくは右の交付書類を悪用して原告との間には何等売買契約等成立の事実がないのに拘らず、原告より買い受けたりとして前掲(ろ)の如く売買を原因とする所有権取得の登記手続をしてしまつたものである。

次に(い)の登記についても、

前縷述のように被告は、(二)の土地についての抵当権を未登記の状態にしたまま原告よりの弁済を待つていたもののようであつたが、原告の東京方面における借入れが思うにまかせず、同三十二年三月に入つてしまつた同月中旬頃、被告は原告に対して、(二)土地の抵当権も第二順位になつたし金策も延引しているのであるから追加担保を提供して欲しいと申し入れて来た。そこで原告も、もつともなことと考えかつ当時原告としては東京方面の金策で殆ど東京に行きつきりの状況にあつたため、原告の実印を三日間程被告に預けたのである。

すると被告は、同年五月二日原告には無断で、恐らくは右印鑑を悪用して原告との間に売買契約がないのに拘らず、原告より買い受けたりとして前掲(い)のように売買を原因とする所有権移転の手続をしてしまつたものである。

四、又前掲(は)(に)の登記については、原告からさきに(三)乃至(九)の土地について、債権者を訴外長谷川友治郎名義とする債権額金二百五十万円なる抵当権設定の登記、即ち前記(は)の登記がなされていたのであるけれども、右長谷川は前示抵当債権金額二百五十万円を原告に貸与しなかつたのであるから、仮にその後になされた僅か金二十八万円の貸借がこの抵当債権額の一部に当たるとされても根抵当権によらない本件二百五十万円の右抵当権を全体として有効とすることはできない。故に右抵当権の設定契約は無効であり、その登記も無効である。従つて右長谷川名義を以つてなした(に)の所有権移転請求権保全の仮登記も亦無効である。

然るに拘らず被告は右長谷川より、昭和三十四年八月三日の契約により債権と共に右一切の権利を譲り受けたとして、前掲(は)のとおり抵当権移転の附記登記手続をした外(に)の如き附記登記をもなし、以つて登記簿上の名義人となつたのである。

五、よつてここにやむなく被告に対して、前説明(い)(ろ)(は)(に)の各登記について、抹消登記手続の履行を求むるための本訴に及んだ次第である。

旨陳述し、

被告の反訴請求に対しては、

同請求を棄却するとの判決を求め、その答弁として、被告主張の反訴請求原因事実中第一項は認める。第二項はうち各権利移転の附記登記のあつたことのみは認めるがその余の点は不知。第三項は認める。第四、五項は否認すると答えた。

証拠(省略)

被告は、原告の本訴請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、その答弁として、原告代理人主張の前記請求原因事実中第一項は否認する。第二項は認める。第三項中被告が原告の有体動産を差押え、競落し、かつ原告に貸与したとの点は各認めるもその他の点は否認する。第四項中被告が訴外長谷川友治郎からの譲受契約を原因として原告主張のように抵当権取得の附記登記と所有権移転請求権保全の仮登記に関し譲受けの附記登記手続をしたことは各認めるもその他の点は否認すると答えた外、

先づ(ろ)の登記の経緯につき、

本件(二)の土地はさきに被告が原告に対して金百万円也を貸与した際、同人との合意に基きその土地権利証を白紙委任状及び印鑑証明書と共に交付を受け、債務不履行の場合の担保として右土地の処分権をば被告において一任されていたものであつた。然るにその後原告は不法にも右(二)の土地について訴外足利信用金庫に根抵当権を設定し、更に己の妻高山セイに贈与の登記をした上、訴外秋田、中林なるものに対する債務を附加する等、被告への担保価値を完全に失わしめんと謀つたことを、被告は後日において知つたので、多大の出費と時間をかけ即ち詐害行為取消の勝訴判決を得て、右セイへの贈与登記を取消した上、当初の原告からの受任の趣旨を再確の上その約旨(売渡し担保)に従い、金員貸与当時交付された前掲各書類により、所有権移転の登記手続を強行したに過ぎないものであつて、原告の言うが如く貸与された印鑑を盗用乃至乱用して右登記手続をしたとか或は、交付されていた委任状や印鑑証明書を悪用したというような生やさしいことによつたものではない。

この点に関し原告は、昭和三十二年十一月頃原告に強制されてやむなく印鑑を手交したことがあつたが、その印鑑によつて委任状の作成及び印鑑証明書の詐取がなされ、それ等を使用して被告が勝手に右登記手続をなしたものであるとも言つておるが、右登記申請書添付の印鑑証明書の日附が同年九月二日附のものであることは甲第五号証の三によつて明白であつて、原告の主張は理由がない。のみならず原告は乙第一号証被告宛の同三十四年四月九日附書面中にも「色々御迷惑を掛けておりますが私が何とかなるまで我慢して下さい。徐々に何とか致します」と繰り返えし陳謝し了承しているのである。

次に(い)の登記について、

右に関する本件(一)の土地所有権の取得は、被告と原告間の昭和三十二年四月三十日附買戻し特約附の売買(一番抵当権附のまま)、即ち旧債務に対する売渡担保契約によつたものである。而して右の登記申請に際しては、原告主張の如く、被告が二、三日原告の印鑑を借用してその間に、印鑑証明書を無断取り寄せたり登記委任状を勝手に作成したりして不正の登記をしたと言う、印鑑乱用の事実等全然ない。そのことは時岡証人の証言によつても明白なのである。原告の言う金百万円の貸借とは全然無関係である。

のみならず本物件には、被告の登記前既に同年三月二十八日附で、訴外山口謙二に対する金三十万円の債務担保のための抵当権設定登記がしてあつた。そのためと原告の債務不履行のため、同三十三年四月二十五日附で被告は右抵当権実行通知を受くるに至つたので、やむなく抵当権者たる右山口にその要求金額を原告に代り弁済して、原告の債務を消滅させた上その債権証書の交付も受けている。

されば原告よりここに、被告の右代位弁済金等の一切を完済して買戻しを求むるのであるならば一考の余地あるとしても、本件請求理由は不当である。

なお(は)(に)の登記について、

本件(三)乃至(九)の土地について原告が、訴外長谷川友治郎より金員を借り受け、両者合議納得の上、抵当権設定の登記及び停止条件附代物弁済契約による所有権移転請求権保全の仮登記が各なされたことは原告も篤と承知の筈である。而して原告は本訴において、登記金額たる金二百五十万円の貸与がなかつたことを主張して右登記を無効と言うのであるが、抵当権は債権に従たる他物権であるから、たとえ登記があつても債権のないところに抵当権は存在しないこと当然であるけれ共、債権の存する限り(たとえ利息や損害金のみ残存していても)有効たることも改めて言うまでもないところである。従つて原告が右の抹消登記手続を求むるには、その借用金の元利一切を弁済期に支払うことが必要たることも当然であつて、現に原告も前示乙第一号証の書面中にて「足利の長谷川の件は如何されたでしよう。私も四月五日までには金を作り解決するつもりでしたが間に合わず云々」と告白しているとおりである。なおこの点債権者だつた右長谷川も元利金の弁済があればいつでも登記は抹消するつもりだつたが高山が再三の請求を無視して少しも誠意を示さないので、やむなく債権と共に諸権利一切を被告に譲渡したものである旨証言しているところによつても明白である。

そして本件の場合、その金銭貸借成立の過程及び登記当時の状況を詳らかに考えるならば、右は根抵当権と見るべきが至当でもあろう。然し法は事実に則して解釈し適用されてこそ正義、衡平の原則は生かされ、社会秩序が維持されるのである。従つて根となかつたからとて全部を無効とする理由はない。

故に原告が本訴において、金銭の授受がなかつたことを理由に登記の無効を申し立てたのは、全く不当であるばかりでなく、前述の如き原告の告白事実を併せ考えるならば、その真意は常人の理解に苦しむところである。

旨附陳し、

更に反訴請求として、反訴被告(原告)は反訴原告(被告)に対して別紙目録記載(三)乃至(九)の土地所有権移転の登記手続をなせ。反訴費用は反訴被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、

一、反訴被告は前示長谷川友治郎との昭和三十三年十二月五日附契約により、前掲(三)乃至(九)の土地につき、同日債権額金二百五十万円也、弁済期同三十四年四月五日、利息年一割五分、利息の支払期弁済期に同じなる債権担保のための抵当権設定の登記手続及び右登記と同日附の同一物件に関する停止条件附代物弁済契約(前同日附金銭消費貸借による債務金二百五十万円を弁済しないときは所有権が移転する趣旨)による所有権移転請求権保全の仮登記を同日なした。

二、而して反訴原告は右長谷川より同三十四年七月三十日、債権と共に同人保有の右諸権利の一切を譲り受け、同年八月六日附を以つて各権利取得の附記登記手続を了して現在に至つておる。

三、然るに反訴被告は、借用金の弁済期であつた同年四月五日に、元金は勿論のこと利息等をも全然支払わずに今日に至つているが、同年九月十四日反訴原告に対して何等の通告もせずに、突然当庁に対し右抵当権の登記並び請求権保全の本件仮登記の抹消請求の訴を提起し係争中である。

四、が然し、反訴被告は元利金の弁済期に、その借用金を弁済して、右抵当権の登記と仮登記の各抹消を求めるべきが当然の義務であるとなすべきに拘らず、全然その責を果さずして却つて、登記の無効を理由もなく主張して本訴提起の挙に出たのは、あわよくば借用金は元利共そのままにして、担保物件の取り戻しを策したものと言うべきであつて卑劣極まる行為である。

五、故にここにやむなく反訴原告は、昭和三十四年四月五日の弁済期日に反訴被告より借用元利金の支払がなかつたこと、即ち停止条件の成就により、本件は当然に右土地所有権移転の効力が生じたことを理由とし、かつ右を選択して、(三)乃至(九)の土地につき所有権移転の登記手続の履行を求むるため、本件反訴に及んだ次第である。

旨陳述し、

なお右本件のように、抵当権の設定と同時に停止条件附代物弁済契約がなされた場合において、債務者が期日に履行をしなかつたとき、右抵当権を実行するか或は所有権を取得するかは一つに債権者の自由選択によるべきこと勿論である。而して代物弁済契約は「……その負担する給付に替えて他の給付をなす……」要物契約であり、債務消滅を唯一の目的とする弁済方法であるから、これによつて存在せる債権は、登記額面以上あつてもそれ以下であつても即ち登記額面(貸与金)に拘泥されることなく、総て消滅するものであるが故に、反訴原告においては右債権譲受け後も反訴被告に対して、その負担せる給付を弁済するよう懇請したのであつたのに、同人は少しも誠意を示さず、却つて本訴提起の挙に出たのである。

よつて反訴原告は、弁済に替えるべき本件物件についての価値をも調査したところ、弁済期日たる停止条件成就の当時のそれは金二十二万四百円(乙第四号証の二の評価書)、その後は金十万四千五百八十一円(同号証の一の固定資産評価証明書)であるので、残存債権額と多少の相違はあるが著差もないから、速かに債権の解決を図りたく、反訴をもつて所有権移転の登記請求を行う次第である旨補述した。

証拠(省略)

(別紙)

物件目録

(一) 群馬県邑楽郡大泉町大字坂田字前口一七一番の二

一、雑種地            四畝二七歩

(二) 同町大字上小泉字志部二、六三〇番の四

一、同              三反三畝一四歩

(三) 同町大字下小泉字松原二、一三七番の二〇三

一、同              一反二五歩

(四) 同 所 同番の二〇五

一、同              二畝一四歩

(五) 同 所 同番の二一三

一、同              一反歩

(六) 同 所 同番の二一四

一、同              一反歩

(七) 同 所 同番の二一五

一、同              一反歩

(八) 同 所 同番の二一六

一、同              一反歩

(九) 同 所 同番の二一七

一、同              一反歩

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